ChronoBox

思索の出力ポート

過去を振り返る。

今日は時間もあったから過去に他のブログで書いた記事をすべてこちらにインポートしてみた。

見た感じどうやら2012〜2013にかけてが僕のブログ最盛期だったようだ。
年間80だから毎日やっているわけでもなく、ペースにしたら4〜5日に一回程度なのだろうが、しかしながら今と比べれば断然多い。
ブログが衰退した理由はきっとTwitterに力を入れたことだろう。Twitterのほうが圧倒的に楽で、更新ペースも早くできる。
 
だが、やはりブログに再び触れると、ブログというものはいいものだと感じる。
こうして意味もない文章を自己満足に際限なく書き尽くせるところがいい。日本語で様々に遊べるところがいい。
 
このブログは一日の行動を整理してまとめて書くような、いわばダイアリーという立ち位置にある。情報を多方面に発信するため?いや、そんなのはTwitterがやってくれるはずだ。
高校生となった今、薄れがちな日々の記憶をより確かなものとして、ログとしてフォルダにまとめて脳に置いておけるように僕はブログを書きたい。
 
僕がネットに入るようになってからおよそ5年が経とうとしている。
2011年といえば僕がまだ小学校6年生の年である。3.11…そう、東北地方太平洋沖地震があった年だ。
その前にもネットをやっていたにはいたが、YouTubeやニコ動でたまに動画を見る程度だったから触れていたと言ったほうが正しいかもしれない。
11歳だった僕はネットという新しい地を開拓した。
きっかけはうごメモだ。うごメモでプロフィールを変更しようとしてはてなに登録したのが始めだろう。
ブログなどは存在自体は知っていたものの、それは有名人のやるものだと信じきっていたため、自分もできることには驚いた記憶がある。
 
一番最初の記事は「Hatena diary開始しました」だった。本文は「∞Chick∞PW7 The Diaryという名前でブログを開始しました」だったか。小学生のくせにかっこつけてガバガバの英語を使ってしまうあたりが実に僕らしい。名前の由来だが、∞の記号が好きだったのとひよこが好きだったからChick・・・・・まではわかるのだがPW7というのが謎である。Power?
 
そこから様々な写真を撮り始めた。もともと写真を撮るのは好きでよく撮っていたため、我ながら綺麗に撮れていると思う。
その写真を見ていると涙がほろり・・・・・とまではいかないが還らない時間が少し惜しい。
 
様々なことがあった。小学校を卒業してもう3年も経っている実感がわかない。中学生はえらく近く感じるのに、しかし小学校はずっと遠くに行ってしまったような感覚がある。小学生から中学生への期間に、感覚としての無があるのである。そのようなことも、振り返って、写真をみて初めて感じるものだ。
 
やはり僕は過去を見て生きる人なのかもしれない。いや、見るというより過去がとことん好きなのだろう。きっと当時の僕はその時代を幸せと感じていなっただろうが、その記憶が靄がかってきた今、美化されて最高の思い出へと変換されつつある。そして、脳裏に再び焼き付いてゆく。
 
あの日の最高の思い出を見ることは時におかしく、時に恥ずかしく、そして時に物悲しかった。