猫
帰路に猫を見た。
寒空の下、アスファルトの道を勢いよく横切る。
こげ茶に黒いまだら模様が入っている。キジトラというやつだった。
先の黒い尻尾をしなやかに振る。太ってはいないが、決して痩せているわけでもない。
猫はそのまま住宅の駐車場に侵入した。
今夜の寝床を探していたのだろうか、とめられている大きなSUVを舐め回すように眺めていた。
私はしゃがんで、いつか父がしていたように、チチチと舌を打って野良猫を誘き寄せようと試みた。
猫を飼い始めてから、猫をみると何かしら反応を起こさずにはいられないようになっていた。
しかし、うちの近所の野良猫がそうなのか、はたまた全国の野良猫がそうなのかは、私の経験が少な過ぎて分からないが、大概警戒心が強くてすぐ逃げられてしまう。
しかし、今回の猫はずっとこちらを見つめていた。
私の家には猫が二匹いる。
一匹は食い意地が張っている割に痩せていて、よく鳴く。保護センターから引き取った時にはなんだか少し獣臭がしていて、毛並みもあまり良くなかったが、この一年で随分よくなったように感じる。
もう一匹は、丸々と太っている。普段は窓辺で外を見たり、ベッドで寝たりと、運動をほとんどしない生活を送っているから、太る理由は明白であった。
その太った猫は、かつて捨て猫だった。
自宅に招き入れて、もう足掛け4年になる。
段ボール箱に入って捨てられていた時は、まだ生後数ヶ月の仔猫だった。
弟が公園で見つけたのを自転車のカゴに入れて持ち帰ってきた。両親も私も仰天した。
とりあえず保護して飼い主をあとで募ろうという話をしたのも、もう随分前のように感じる。結局飼い主は募られることはなく、私の家で過ごすことになった。
段ボールには他にも何匹かの猫が入っていたらしい。弟は、回収しようとしたら一匹を残して全て逃げてしまったと言っていた。
うちの猫は、黒とキジトラだ。
…
きっと目の前のキジトラ猫は、その逃げ出したうちの一匹だったんだろうと思った。
飼っている猫と、体格こそ違えど、毛並みも目付きも随分似ていた。
生き別れになったとも言える姉妹のにおいに反応したのかは定かではないが、その猫はじっとこちらを見つめたまま動かないのである。
ともあれ、知らない家の車に向かって舌打ちをし続けるのは流石に気が引ける。
私は適当な頃合いで諦めて帰ることにした。
付いてくるかとも期待したが、そんなことはなかった。振り向くと猫はいつの間にか姿を眩ませていた。
冬の風が冷たく吹きつける。キジトラ猫が自宅にきてから3回目の冬を越えようとしている。
立ち止まったせいで冷えた体を震わせ、私は帰路を急いだ。